2014ブラジルW杯

 サッカーのW 杯はドイツの4度目の優勝で幕を閉じ、私の32日間に及ぶ睡眠不足との戦いの日々もようやく終わった。実は私は昭和53年の第11回W杯アルゼンチン大会から36年間サーカーフリークである。高校生の頃、深夜の「三菱ゴールデンサッカー」というテレビ番組を一人で密かに見ていた。そして当時は日本など出場に全く手が届かないW杯というオリンピックより盛大な世界的なサッカーの祭典を見て興奮していた。好きが高じて、大学時代テニス部がオフの冬サッカー部のマネージャーを引き受けることになり、試合のスコアラーを務めたこともある。1978年マリオ・ケンペスに魅了されて以来のアルゼンチンファンである。ユースで優勝した時のマラドーナとディアスの若き日の顔がついこの間のことのように思える。プラティニが名古屋の瑞穂サッカー場のこけら落としに来た時、初めて芝のサッカー場での試合を見て驚いた。というのもそれまでサッカーは土のサッカー場でしか見たことがなく、20歳頃のラモスが名古屋に来た時、積雪で泥んこになり、時にボールが止まる試合を観戦していた覚えがあるからである。1985年静岡でレジデントをしていた時も、時間を縫って草薙競技場へ高校サッカーの静岡県予選をバイクで足繁く見に行っては将来のスター選手発掘に目を輝かせていた。そこで最初に見つけたのが、武田修宏君である。「この子は将来スターになる!」と。

 W杯の主だった試合は全部ビデオに撮っていた。1986年アルゼンチンが優勝した時のマラドーナの5人抜きや神の手も当然VHSに撮ってあるが、結果を知ると見直さないのがサッカーの試合である。ブラジルのジーコやソクラテスらの黄金のカルテットも見ていた。当時は圧倒的に南米のサッカーの方が魅力的だった。1990年ブレーメが蹴った鋭い左足のキックがゴールネットを揺らして西ドイツ(当時)が優勝した時、子供のように泣いているマラドーナの姿は痛々しかったが、ドイツは強い!と思ったものである。そして1993年のJリーグ発足時、日本でスキラッチやジーコ、リトバルスキーといったW杯のスターたちがプレイしている姿に驚き頬をつねったこともある。しかしそれから急に増えた俄かサッカーファンに圧倒されてかやや私の中のサッカー熱は冷めていった。’94アメリカ大会のバッジオのPK外し、ドーハの悲劇、’98フランス大会の中山の初得点、そして’02の日韓大会へと時は進んでいった。日韓大会では事前の抽選で54通り中2会場8名分当ったため、札幌でのドイツ-サウジアラビア戦と、仙台でのメキシコ-コスタリカ戦を見に行った。目の前でクローゼのヘッドでのハットトリックを見て、「すごい選手が出てきた!日本のサッカーなんてまだ子供レベルだ!」と痛感したものである。彼の跳躍力というか得点感覚は、眼の前で生で見ると人間というより動物に近いものがあり、サッカーを見ているというよりアクロバットでボールが操られているように感じた。予感通り、今年のW杯でクローゼは世界歴代第1位の得点王になったではないか。そして新横浜での決勝戦も直前でチケットが手に入り見ることができた。試合開始前のセレモニーが始まり、予選から参加した世界中の国旗が紙吹雪と共にサッカー場の天井から次々に下りてくると、私は全身が感動で満たされ震えだし、思わず涙が溢れ出て人目も憚らずウエーブと共に泣き続けていた。「ワールドカップの決勝戦!一生に一度かも知れないこの瞬間ここにいられるなんて!夢のようだ。」と。今回開幕戦の国歌斉唱でネイマールが泣いていたのも同じ気持ちなのではないかと思う。私はドイツの大きな山高帽をかぶって応援していたが、ブラジルが優勝、しかし出口からの帰り道では、ブラジルサポーターのおじさんたちと肩を組んでサンバを一緒に歌って踊りながら歩いていた。サッカーを愛する気持ちは世界共通、試合が終われば敵味方はない!と思ったものである。中田英寿選手が引退してから、私のサッカー熱はやや萎んでしまった。’06ドイツ大会は私のお眼鏡通りクローゼは得点王になったが、南アフリカ大会の記憶は治安の悪さのせいか興味が持てずあまりない。

 そして今回のブラジル大会、本当は観戦に行きたかった。そして今回は日本も多くの選手が海外プロリーグでプレイし、世界でのレベルアップが見られるかもと、期待した。

 初戦のコートジボアール戦、前半本田のゴールで先制したが、コートジボアールのサッカーは力強く綺麗だと思った。集中力も途切れず、心の底で「やばいぞ、強い!」と思った。後半ドログバが登場すると、データラボッチでも見たかのように、勝っているのに日本選手たちが皆浮き足立ち始めたではないか!まずはザッケローニ監督が一度入れようとした交代選手を引っ込めるという動揺を示した。イタリア人監督の顔が日本人に見えたのは私だけだったろうか?「勝ってるんだよ!」と叫んでも当然届かず、逆にコートジボアールの選手たちは生気を吹き込まれたかのようにリズムよく動きだし、あっという間に2点奪われ、そのまま敗戦になってしまった。ドログバ・マジックをかけられたようだった。その後私は専門家の立場として、ドログバという選手は何かシャーマン的なものを持った人なのだろうか?という興味から、コロンビア-コートジボアール戦を凝視した。日本戦と同ように後半途中から登場し、いきなりコーナーキックにヘッドを合わせて弾き出した。やはり?と思いきや、その2本目のコーナーキック、ドログバの前にすっと出てきてシュートを決めた選手、それがハメス・ロドリゲスだった。ドログバを一人間としてものともせず、果敢にその前に出て打ちのめした。その後もロドリゲスは私が見たこともないカウンター・キラー・ライナーパスを前線に蹴って、一発でシュートを決めさせる離れ業をした。彼とコロンビア選手たちはドログバ・マジックなどにはかかっていない!という強い精神力を感じた。ということは日本がメンタル面で弱い!ということである。ロドリゲスをはじめとする世界は技術もメンタルも日本をはるかに上回っている、と痛感した。日本は強くなったかも知れないが、世界もさらに上のレベルで強くなっている!これは勝ち目がない、というのが開幕間もない私の印象だった。第2戦のギリシャ戦もレッドカードで相手が1人減ったのに、負けているかの如く暗いメンタルを引きずったままドローに終わった。当然第3戦のコロンビア戦は、後半ロドリゲス投入で一気に3点追加されて負けた。1軍対2軍の戦いのようだった。
 その後ロドリゲスは私の先見の明の通り得点王になったが、破ったブラジルも、ネイマールの負傷欠場で、前半30分で5失点と大敗。私はあまりに惨い試合に耐えきれず、準々決勝からは全試合ライブで観戦したが、この試合だけハーフタイムでテレビを消した。開催国なのにあまりに残酷で見ていられなかった。コールドゲームにしてあげれば、とさえ思った。それほど、ブラジルは精神的に脆く立て直し不可能だった。元々ブラジル国民とはそんなに陽気ではなく、ナイーブで湿っぽい性格である。サンバを陽気な音楽と踊りだと思っている人が多いようだが、実はアフリカから黒人達が奴隷として鎖に繋がれ船で南アメリカへ送られてくる道中、悲しみを打ち消すために皆が歌い始めた音楽がサンバである。若い頃ラテン音楽を少々やっていた私は、歌いながらその悲しみ・哀愁を痛感したものである。クリニックにも故郷から遠く離れてうつ状態に陥ったブラジル人が時々来院し、一度落ち込むとなかなか立ち直れない傾向がある。案の定、結果に落胆したブラジル国民には、自殺者も出たし、暴動も起きた。’94アメリカ大会でもコロンビアがオウンゴールで負けた後エスコバル選手が殺された事件もそうだが、南米サッカーは魅力的な反面、感情的過ぎるのではないか。ウルグアイのスワレス選手の噛み付き事件や、試合に負けると見ている方が感動するほど泣いている南米選手などからも。(欧州の選手は敗戦後大泣きしていただろうか?)アフリカ勢やアメリカも健闘し、予選敗退したがオーストラリアやイランもかなり強くなった!と唸らされたほど好ゲームが続く中、決勝は最初に予想した長年私が応援し続けているドイツ・アルゼンチンの2国となった。できれば両チームとも負けにしたくない!延長・PKでもずっとドローでいってほしい!と願った。アルゼンチンチームにはできれば決勝ではディマリオに出てほしかった。全く違うタイプのサッカーをする欧州と南米チームの対戦で、120分間集中して全く飽きなかった。36年間サッカーを見てきた中で、文句なく最高の試合ベストゲームだったといえる。良いものを見せてもらった!と感動した。しかしドイツは強かった!良く似ているが、私は’90マテウス率いるベッケンバウアー監督のチームの時より強かったと思う。最後は心なしかアルゼンチンの方を応援していた私であるが、ほぼ互角の戦いの末、PK で決着するよりすっきりした結末だったかもしれない。終わってみれば、判官びいきで「メッシに勝たせたかった。」という人が多かったのではないか。

 結局決勝リーグに進んだチームは皆メンタル面が強く、オランダを含む3強は特に強かった。実力・技術・チームワーク・監督采配以上にメンタルの強さが必要だと実感した。事実後で知ったが、あのハメス・ロドリゲスのコロンビアは、やはりメンタルトレーナーがしっかりついてコントロールしていたらしい。日本チームにもいるのだろうが、効果は全く表に出ていない。ブラジル同様優しさとか繊細さとかは日本人の良い点でもあるが、戦争代わりの平和的スポーツの戦いにおいては不味かろう。今後是非強化すべき点であると思われるが、まだ日本にはあまり根づいていない分野である。スポーツ精神医学会に所属してトップアスリートのメンタルケアを垣間見ている立場からも、選手・治療者双方にその意識と絶対数が少ないのが現実といえる。今回のブラジルW杯での日本の敗戦ショックはかなりのものだっただろうが、「自分たちのサッカーができなかった」というより、それが実力であり、世界も同様に進化しており、やはりまだまだ世界との力の差は縮まっていなかった現実を受け入れるべきであろう。もしかしたら、海外組と呼ばれる選手たちが増えて世界に近づいた印象を持ったかも知れないが、それが温床として油断になり貪欲さや危機感が薄れたのかも知れない、と思った。2020年東京オリンピックや次回ロシアW杯に向けてどこまで日本のスポーツは向上させられるのであろうか?スポーツ精神医学会に所属している自身にとっても切実な課題だと思わされた大会だった。
2014年7月

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